しかし、江戸時代も半ばを過ぎると西陣にも苦境が訪れます。度重なる飢饉で世の中が不安定となり、幕府による奢侈(しゃし)禁止令もあって需要が減少。また、二度の大火にもあい、丹後や桐生など新しい絹織物産地が生まれたことも痛手となりました。
明治になって首都が東京に移されたことも、京都の街全体の勢いを失わせました。
しかし、昔から、海外の先進技術の導入に積極的であった西陣では、文明開化のチャンスにいち早く呼応。人材をフランスなどに 派遣し、ジャカード織物などの技 術を取り入れて、近代化に成功したのです。